前々から調子がおかしかった、さかごろう家の『家パソ』。
それでも、騙し騙しでなんとか動いてくれてたものの…。

とうとう、電源を入れても立ち上がらなくなりました(泣)

まぁ、スマホもあるからネット上のあれこれが全部出来なくなるわけではないのだが。
だけど、家パソじゃないと出来ないこともいろいろあるのよねん。

例えば、このブログなんかはスマホから文書も打てるし、写真もアップできるけど。
長ーい文書は書くのが困難だし、写真もスマホではデータのデカさ等の微調整がしづらい。

それに、スマホの方だって調子が悪い。
一日中、特になにもしなくても、充電パーセントがあっという間に少なくなる。
こちらも騙し騙しで、なんとか今年中はこれでもたせようとしているくらいだから。

一応ね、、今度の休みに家パソは修理に出すつもりでいるが。

そろそろ新しいOS 買った方がいいのかな〜
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2016.09.28 Top↑
mi 《RSR2009/「BLUE DAYS」より》


昨夜は

これ↓呑みながら
mua あれ↑ 観てました

いま、一番お気に入りの日本酒
『雪の松島』 酒度「+20」の、超、超、超 辛口!
スッキリして旨い!

これ、呑んだら他の日本酒は甘く感じてしまって呑む気がしなくなった。
事実、これを呑んだ後に酒度「+5」の辛口日本酒を呑んでみたら、甘く、ベタベタと舌に残る感じがして残してしまったくらい。
「+5」でもそれなりの辛口のはずなのに。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、日本酒の話ではなかった。

昨夜はちょっとだけエレカシのDVD観てた。

あの写真。
宮本さんが石くんの足を踏んづけて、石くんが「ふぎゃぁっ!」って叫んでるわけではないですよ。
BLUE DAYSのサビを、石くんがコーラスとして一緒に唄ってる画です。
2009年だから、今から7年前か。

ほんの7年前は、いわゆる普通のヘアスタイルだったのね。
帽子もサングラスもしてなかったのね。

やっぱこっちの方がいいな。
「帽子とサングラスと長髪」・・・・・で、キャラが確立されてしまうのは、私はイヤだな。


と、また、石くんの話ばかりしてしまいましたが。

昨日、エレカシのLIVE映像を観ててさ

エレファントカシマシってのは、この4人が揃ってこそエレカシなんだよな。

などと、至極当たり前、今更なにゆーとんの? アンタ  的なことを、今更ながらよく理解できたような気がしてさ。

LIVEに行きたいけど行けない今の状況が、とても切なくてねぇ。


「やさしさ」/エレファントカシマシ



この↑「やさしさ」は、最高だと思う。
あのぉ、宮本さんが泣いてるのは、まあ別として。

ワタシ、宮本さんが泣く場面ていうのは、特に関心がないと言ったら変なんだけどさ、そういう場面見ると
「またかよ(苦笑) しっかり唄えよ」
と、ため息をつくと共に思ってしまう。

宮本さんには、多少なりとも冷たいワタシwww

ごめんね。
他のみんなのように、宮本さんが泣いてるところをみて、キュン! ときたり、一緒に泣きたいような気持ちにはならないのよね。
宮本さんに限っては。

「しっかりしろよっ!」

って、思っちゃう。

宮本さんに限っては(笑)

それでも、ワタシ、宮本さん 好きですよ。


POP CON 第31回  「やさしさ」
2016.09.11 Top↑
i Podでほぼ毎日のようにエレカシのアルバムを、古い新しい問わず聴いていた、ほんの5、6年前。

毎日毎日、特にエピソニ時代とポニキャニ時代の音を繰り返し聴くうちに、その頃の石くんのギターフレーズに、一つのクセがあることに気が付いた。

たぶん、一聴しただけでは分からない。繰り返し繰り返しその頃の曲たちを聴いてると自然と分かる、そんなフレーズがある。
長いフレーズではなく、小節で言えば、ほんの一小節ほどの短さ。
いわゆる、ワンフレーズだけ。

(あ! ここにも出てる! あ! この曲でも弾いてる!)

という具合に、それらの音に気付く度に、一人ニヤニヤしてた。


以前、宮本さんは石くんに

「同じフレーズしか弾かない」

と、石くんを指さしながら例によって批判ぎみに話してたことがあるんだけど、宮本さんの言う「同じフレーズ」とは、たぶんそのワンフレーズのことなんだと思う。

宮本さんは「同じフレーズしか弾かない」と、マイナス要素的に話てたけど、私は
「これぞ石くんの音だ!」
なんて、そのフレーズを聴くたびに嬉しくなってたんだけど。



さてさて・・・・・。
そのワンフレーズとはどんな音なのか?

それがねぇ。
5、6年ほど前には確かに分かっていたはずなのに、今となってはどんな音だったのかさっぱり思い出せないのよ。これが不思議なことに。

あんなに身体に沁み込むぐらいに パッ! と聴いて、「あ! これだ!」 ってすぐ理解できていたのに、今じゃ、どんなにその頃の曲を聴いてみてもどのフレーズだったか分からなくてさ。


要するに、頭で覚えていたのではなく
感覚で覚えてたんだね。

シングル「夢を追う旅人」の特典DVD、今年の大阪での新春LIVE映像を観ながら、そんなことをなんとなく思い出していた。
2016.09.04 Top↑
またまたお久しぶりです。
ハヤシライスとビーフシチューの違いが、いまいち分からないさかごろうです。


最近買った雑誌、「音楽と人」に、コレクターズの加藤ひさし氏のコラムが載ってるんだけどさ。

なんでも、今巷で「ポケモンGO」が流行っているが、自分はむかし、ポケモンスタンプラリーというものに、娘と二人で参加したことがあるんだ・・・という話。

前にもチラッと話したけどさ。
私、コレクターズの面々て、クールで無口な人たちなんだろうなぁ、なんて勝手なイメージをずっと持ち続けてたんだけど。
こないだの古市コータローさんのステージを見て、そんな勝手なイメージが180度変わってしまいまして。

だって、コータローさんのMCの面白いこと面白いこと。
ギターと歌がものすごく上手い芸人なのかと錯覚するほど、とても楽しいステージでさ。

んで、加藤ひさし氏もしかり。

この人も無口でクールな人なのだろうと勘違いしていたワタシ。
いや、その前に、またまた私の勝手な勘違いなんだけど、加藤ひさしさんて独身だと思ってたのよね。
そしたらアータ、とっくの昔にご結婚されてて、もう二十歳を越えた娘さんもいらっしゃるとかで。

んで、このコラム。

いや、内容も面白かったんだけど、その前に、この人独身じゃなかったんだ!

という衝撃。

つーか、「ポケモンスタンプラリー」なるものに参加してたんだ、この人。

という、静かな衝撃。

しかも、その当時のことをいかにも楽しかった思い出話然として書いてある様子が、私の衝撃度に重しをかけてくる。


いやぁ、私のコレクターズに対するイメージが次々と壊されていきますワ。
2016.09.02 Top↑
私の好きな作家、宇江佐真理さんが去年の11月に亡くなられていたことを先月初めて知った。

宇江佐真理さんの読みかけの小説は、去年からほとんど読み進めておらず。
はっきり言ってこれは言い訳だけど、いくら好きな作家さんが書いた小説といえども、多彩ある作品の中には、その時の気分などでどうにもページが進まない時だってある。

それなら本を読まない間、何をしていたかと言えば、もっぱら自身の生活と、スマホのゲームと、そして音楽とで大半の日々が過ぎていき、気が付けば季節が二つほど過ぎ。
それでも時折、思い出したように本の続きを読もうとすれば、前回よりあまりにも時間を置いたため、それまでの話の流れなど細かいところを忘れてしまっている始末。
なので、もう一度最初から読み進めようとしたけれど、どうにもこうにも。。。
読みたくて読んでるのではなく、さっさと読まなければ! という強迫観念にも似た体(てい)で読んでいることに気付き、再び本を投げ出していしまっている状態。

そんな中での、私に届いた宇江佐さんの遅すぎる訃報は、初めて聞いた時より一ヶ月経った今、じわりじわりと心に沁みてきつつあるこの頃である。

(もう新しい作品は読めないんだな・・・)

と、思うと、やっぱりもの寂しい心持ちがする。


去年の11月頃と言えば、子供の頃に好きだった佐藤さとる 氏の小説「コロボックル」シリーズの続きものを(・・・実際、この続きものを書いたのはサットル氏ではなく、別の作家さん)、思わぬ形で手にしたおかげで、懐かしさ大半、読む楽しさ小半の気持ちでいて。

そんな状態だったから、久しぶりに宇江佐真理作品から離れていた時期だった。

そんな浮気心を起こしたせいで・・・というワケではもちろんないけども、私が他の作家さんの作品に心奪われて嬉々としていた最中に亡くなられていた、と聞いて、なんだかどうにも申し訳ないような気にもなった。

まぁ、別に、申し訳なく思わなくたっていいんだろうけども。


それだから、途中で投げ出してしまっている作品を再び読み始めるのかと思いきや、頭と心はそう簡単には繋がらず。
そんな状態でも、やはり読み進める気にはならない(スイマセン...)。

だけど、私が宇江佐真理作品の中で一番好きな「髪結い伊三次」シリーズは是非とも全巻読みたい。
いま手元にはない、残りの「伊三次シリーズ」を早く読んでみたいなと思う。

それまでの間に、と言う、ついでみたいでこれまた申し訳ないんだけど、宇江佐さんのエッセイ本を、いまは読んでいる。
一つのテーマがほんの2、3ページずつ書かれてあって、そのテーマが100と十数項目。それらを7つの章で大きく区切ってある。
だから、適当に開いたページを、こちらはお気軽に読んでいるわけでありまして。

そういえば、エッセイを読んでると興味深い話の一つや二つ出てくるもので。
いや、もっともっと、雨後のたけのこのようにたくさん興味ある話が載ってまして。
例えば、「死」というものについて、こんなふうに語られていた。

 自分の死には大いに興味がある。
  いったい、どういう状態でそれがやって来るのだろうかと。
 作家としての大いなるテーマでもあるが、誰も生きている内はわからない。
  なるほど、これが死かと思った時、自身はもの言わぬ亡骸となっている。残された者に伝える術(すべ)はないのだ。
  『ウエザ・リポート 笑顔千両』より

まさか、こんなに早く、健康体であったはずの宇江佐さんが癌に冒されて逝ってしまうとは、宇江佐さんご本人にだって分かるはずないよねぇ。

あ、あと、もう一方。私の好きな作家、永倉万治さんの話も書いてあった。(永倉さんも、もう鬼籍の人だしな。  いや、これ、ダジャレでもなんでもないです・・・・・・あ、わかんない? わかんなければ、別にいいです。  (なんだ、そりゃっ!))

ま、とにかく。
さきほどの伊三次シリーズの残りを、「読まなきゃ」ではなく、「読みたい」との想いで、手にするその日まで心待ちにしている今日この頃である。

ところで、宇江佐さんのウィキペディアを覗いてみたら、『心に吹く風』のあとがきで乳ガンであることを発表し、それが反響を呼んだと書いてあった。

だいたい本を読む時は、あとがきまできっちり読むし、『心に吹く風』なら私も持ってるのに、なんで気がつかなかったんだろ?
と思い、よくよく見てみたら「文春文庫版の…」と、あった。

そう言えば、私が持ってるのは同じ文春でも、ハードカバーの方だった。

これでは知る由もないのは当たり前だ。
2016.09.02 Top↑