『人生の算数』

 生きていれば、自然と年はふえていく
 生きてゆくと、物事を一歩引いて見るようになる
 生きていると、割り切れないことが出てくる
 生きるのなら、何かに人生をかけなければいけなかったりする


我ながら、上手いこと言ったもんだなぁ(?)・・・なんてナ( ̄▽ ̄;)


ステージ上で、Marshall(マーシャル)のギターアンプがライトに照らし出される。
そのベースラインはとてもメロディアスだと感じ、
音のウネリが小さな箱の中で暴れ、
何気ないその人の仕草にドキッとしながら
ベージュの座イスから後ろを振り向けば、住み慣れた部屋がそこにあり、
あぁ、もうこんな時間かと、時計にせかされてノロノロと立ち上がる。
朝が来れば、また起きて、ご飯を食べ、家の雑用をし、仕事に出掛け、会う人たちとなんてことない話をしながら、またはぶつかりあいながら、また家に戻ってご飯を食べ、明日の身支度をして風呂に入って布団にもぐって寝てしまう。

他人の言動に、喜んだり、怒ったり、落ち込んだりしながら、
電気と、蛇口と、火と、空気と、ちょっとした緑と、虫と、動物と、車の騒音と、
暖かい日差しの中、時折吹いてくる一陣の風と、
湿った夜風と共にやってくる静寂に囲まれながら、
ダサイやつらのことを想って心の中でヘドを吐き、
尊い人たちのことを想って自分自身に落胆し、

一体、自分は今まで何に怯え、何に笑い、何に驚喜し、何にぎりぎりの切なさを感じてきたのか。
これから何に狂気をし、何に癇癪を起こし、何に悲しみ、何に無情の喜びを感じ、何に茫洋とするのか。

知恵が足りず、知識が足りず、世間もそんなに知らない。この身の弱さ。
もっともっと本を読まなきゃならない。
もっともっと音楽を聴かなきゃならない。
もっと。もっとだ。

いつか、誰かが言ってた。
いつの日か自分が歳をとったらこんなことをしたいっていう希望を言ってた。

でもなぁ。人はいつ死ぬか分からんのだよ。
もしかして、明日にだって。いや、1秒先だって分からんのだよ。
今のこの生活もいつまで続くか分からんのだよ。
別にそのことを恐れちゃいない。
けど、なんとも儚いな、とは思う。



住み慣れた部屋から、また小さな箱の中に目を移すと、
その中ではゴールドの塗装が一部変色した GIBSON Les Paul Deluxe(ギブソンレスポールデラックス)が恍惚の音を響かせていた。
私にとっては別世界にいるその人たちも、その人たちにとってはその世界が日常。

結局、誰しも自分の日常からは逃れられないのだ、ということに気付き、ほんの少しの落胆と共に、自分もあの人たちも、また同じという事実に安堵する。

日常、日常、日常。
生活、生活、生活。

あの人も、あの人も、あの人も。
己の日常の中で、もがいて、楽をして、嬉しさや愛しさを見付けていくんだろうなぁ、これからも。

会いたい人、会ってみたい人はたくさんいるのに。
生身のままで会うのは到底難しい。


 生きていれば、自然と年はふえていく
 生きてゆくと、物事を一歩引いて見るようになる
 生きていると、割り切れないことが出てくる
 生きるのなら、何かに人生をかけなければいけなかったりする


「人生の算数」
かつて自分が発したこの言葉たちに、これから先も心を揺り動かされたり、ハナでせせら笑ったりする日が来るのかな?



「『人生の算数』についての具体論(2010年版)」は、こんなところでしょうか?
取り敢えず( ̄ー ̄)
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2010.10.17 Top↑
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