今日は、春のお彼岸時に行けなかった墓参りに行ってきた。
ダンナの実家である塩釜と、私の実家である仙台市のとある場所と。
車で出掛けたんだけどね。

んでさ、その塩釜の墓参りが終わって柏木に向かう途中、塩釜と仙台の中間にある多賀城市というところを通ってきたんだけど。

この多賀城市の一部も津波の被害を被ったところでね。

道路をひとつ曲がった途端、それまでの普通の町並みとは景色が急に変わったよ。
道路損傷がいたって目立っていたのと、いまだに機能停止したままの信号。

なにより、連なる建物群に横一直線描かれている水の痕跡。

つまり、津波の跡。
だいたい150センチぐらいの高さがあった。


そして、また更にひとつ路を曲がると今度は瓦礫の山。
それから横転し、窓ガラスが割れ、ヘコミができてる車の残骸。
通り過ぎる店舗は惨憺たる姿。
行けども行けども瓦礫と化してしまった町並み。

ダンナも私も、ただただ唖然。

それでも

あれからだいぶ経つから、そんな状態でもずいぶん片付けはしたんだと思う。



いやね・・・・・。
テレビでは津波に襲われた町の姿というものを散々見てきたけど、自分の目で実際見たのは初めてだったんだ。

私ね、ほんの数年前まで多賀城市に住んでいたのよ、4年ぐらい。
で、今日車で通ったその場所も、前に住んでいたところから2、3キロほど離れたところでさ。
大型店舗が並んでいるところで。

多賀城に住んでいた頃には、休日になるとよく買い物とかしてたところでさ。
よく知っている場所だっただけに、そのあまりの変わりようにただただ、ただただ唖然、茫然。


本当はね、地震や津波の爪痕を、記憶としてカメラに撮ろうかとも思ってたんだ。
もしそういう場所に行く機会があれば。
でもわざわざ行こうとは思わなかったけど。

いつもテレビでそういった映像を見て実際に自分の目で見て確かめたかったけど、でもそれはただの野次馬になってしまうからさ。
だからもし、そういった場所を通る機会があれば、記憶として一枚残しておきたいと思ってたんだ。

でもねー。。。。。
実際そういう景色を目の当たりにしたら、カメラを構えることなんて忘れてた。
いや、途中で思い出したけど、カメラを持つ気にはならなかったよ。


もう、今更も今更だけど
津波の威力は物凄かったんだなあ。

そういえば、塩釜と多賀城の隣りにある七ヶ浜町という海に面した町があってね。
ここも私にとっては馴染みの深い町でさ。
ここも、よく夏には海水浴に来ててさ。
夏でなくても海を見て和みたくなるとしょっちゅうこの町に来てたりしてたし、以前働いてた職場でこの町の広報誌を作ったり(印刷・デザインとして・・・)。

ニュースに取り上げられることはほとんどないけど、あの町も津波で壊滅的な被害を被っていると聞くし。


今年の夏は、海水浴場は開くんだぃか?
開いたとして、行く人はいるんだぃか?

なんて、ふとそんなことまで考えてしまった。


ほんとはさ、こういうことばかりも書きたくないのよ。
いくら被災地に住んでるからって、毎日地震のことばかり考えてるわけでもないんだよ。
特に、私が住んでいるところは地震で道路があちこち歪んだりヒビが入ったり、家の中も外もヒビだらけだし。
近所には ビニールシートを被せられている屋根がこれまたあちこち目に飛び込んでくるけど。

それでも今は震災前とほとんど変わりのない生活をしてるよ。
ご飯も三度々々きちんと食べられているし、お風呂にも毎日入られるし。
好きなアーティストの音楽を聴いたり、その人たちのことを思ったりして楽しい時間を過ごしたりもしてるし。

楽しい時間もいっぱいあるんだよ。

それでもそれでも

毎日どこかしら なにかしら、あの地震がもたらした爪痕を見ることもあってさ。

普通の暮らしに戻って、震災直後のあの何にもナイナイ・・・の生活がボヤけてきつつあるけど、あの記憶だけはしっかりと残ってるしな。

忘れたくはない・・・・・じゃなくて、忘れられないんよ。



震災前と今とじゃ、明らかに何かが変わっている。
津波や、原発事故などの外部的なことのほかに、自分の中でもなにかが。


それがなんなのか、よく分かんないけど。
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2011.05.01 Top↑
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