6日(金)、7日(土)と渋谷公会堂で行われた新春LIVEも終わり、今日は穏やかな春待月(はるまちづき)のとある日。

先月、CS放送がなかなか見られずそのままにしていたテレビ。
2011年12月25日の記事「CS放送 観れません...........」
CSは映ることは映るけど、今度はチャンネルによって画像が荒れてしまうという問題も出てきてしまい・・・。

新しく年が明け、またまた業者さんに来てもらい(しかも、これで三度目.....)今日ようやくまともに観られるようになりました(* ̄ー ̄*)v

で、本当は
今日はこのテレビ関係の用事が終わったらダンナと街場へ出かける予定でいたんですがね
業者さんが帰ったのがお昼過ぎ。
んで、遅くに起きたダンナは朝食を食べておらず、それからご飯を食べ。
私はというとまたいつもの軽い偏頭痛が起きたので、薬のんでちょっとだけ横になって・・・。
ってなことやってたら、なんだか出掛けるのが億劫になってきて(^^;)
時間も既に午後の2時近くだったし。

なので、今日は本でも読んでのんびり過ごそうと思い、コタツにとぷんと入りながら読みかけの単行本片手に読み始めたんですよ。

読んでいたのは これ↓
 8136.jpg 「ひとつ灯せ - 大江戸怪奇譚」/著者:宇江佐 真理

話のおおまかなあらすじは、江戸は山城にある料理茶屋のご隠居(・・・・とは言え、歳は五十三歳という設定)清兵衞が、ひょんなことから実際にあった奇怪な話だけを披露するという会に入り・・・。

怪談話か? と言われればそれまでだけど。
魑魅魍魎の類も出てくるっちゃぁ出てはくるけど、ただ背筋が凍るような怖さというものはなく。
清兵衞がそこから体験する不可思議なお話。
そこに人間の心理が複雑に絡みあう、いわば怪奇談をテーマにした江戸人情話のような作り。

と、私は感じました。

この著者の書く小説は一概に江戸人情話が主なのですが(笑)
んで私はそこが好きで、以前読んでいた宮部みゆきさんから浮気して、今はこの人の作品ばかり読んでるわけですワ。

で、今回ちょっと気になったのが小説の中身ではなくて、物語の終わった後のページにある『解説』の方で。

本文でなくてスンマセン。
でも、少しだけ目を惹いた一文があったので。

四十代に突入してしばらくすると、すでに自分が人生の折り返し地点を過ぎていることを実感して、愕然としてしまうものである。
もちろん世の中には百歳以上生きる人もいるので一概にはいえないが、まあ、残された歳月をリアルに感じるようになるのである。
死というものが観念ではなく、明確な現実として意識されるようになるのだ。


この文、最初にパッと読んだ時、なんでだか分かんないけど妙に心に引っかかったのよ。
だけど、何度も読み返してみるうちに最初に受けた衝撃がだんだん色褪せてきたというか(笑)
(うん。確かにその通りだよな。)
と、納得するような、なんてことのない一文にも思えてきて。

「残された歳月をリアルに感じるようになる・・・」
のは、私もふとした時にそんなふうに感じることはよくある。
だけど、そこで愕然とするものなのかな? やっぱり・・・。と思って。

私は「歳をとることは楽しい!」などと言ってみんなに引かれてしまうような変わり者なんでね(´ー`;)

死を意識し始めると、生を意識するようになるものなんだな。と。

前々からそういうことになんとなく気づいてはいたけど、こうして改めて文章という形で読んでみると、やっぱりそうなんだな。と。


そんなことを感じたわけよ。
スポンサーサイト
2012.01.08 Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://fairground.blog78.fc2.com/tb.php/1357-3c634a55