昨日は、仕事から帰ってきてからご飯を食べ、片付けをして、布団を敷いてから
ようやく自分の時間・・・とばかりに家パソの前に座り、いつも見ているいろんなサイトを見てから
このBLOG以外に去年の一月頃から書いている携帯日記を読み返していた。

読み返していたのは、主に去年の三月と四月。

その時、その時の思いをすぐに携帯で書いていたので、このBLOGよりも、よりリアルな感情がそこに書いてある。
その三月、四月分を読み返す。
結構長いので、時間をかけて読み返す。

読むと同時に、その時の感情も一緒に、それこそ手に取るように思い出せる。
それは決して苦しい悲しい感情だけではなく、ライフラインや交通機関がまだ充分に通っていないなりの何気ない生活が書いてあった。

実際、あの震災後の毎日は、怖いとか悲しいとか、そういった負の感情は一切なかったように思う。
とにかく気が張って、その日の食糧や水を集めたり、とにかくまず生活することに精一杯だったから。

唯一怖いと思った瞬間は、地震発生のあの瞬間。
私は会社の古い建物の3階で仕事をしていたんだけど、だんだん揺れが大きくなって机の下に潜り。
いや、その時も怖いとは思わなかった。
ただ、その数日前にニュージーランドで起こった地震で建物の下敷きになった方たちがいる、というニュースをまざまざと思い出し、このまま床が抜けて自分も建物の下敷きになるかもしれないという考えが頭をよぎった時。


そうだ
唯一 その時だけだ。


と、ここまで書いて、自分はいったい何を書きたいのか、言いたいのかよく分からなくなった。

一年が経つけど、何か変わったか? と聞かれると困ってしまう。
「震災前となーんにも変わってない」
と言えばそれもちょっと違うけど、特にこれ・・・というのは。

家が数センチ傾いてしまったとか、遠い親戚で一人亡くなった人がいるなど
そういうことはあったけど、私自身は何も失っていない。
遠くからボランティアの方々がたくさん来て、瓦礫の山などを片付けている姿や
「原発反対!」のデモの様子など
毎日めまぐるしく動いている世の中を見ながら分かったことは、結局私は自分のことしか考えていないんだなということ。




一年経つけれど、それはあくまで時間の経過の上での区切りであって、私個人の中ではまだ途中経過だ。
自分の家族のために、生活のために、友達のために、世の中のために
何ができるのか・・・なんて、皆目分からない。

ただ
去年の携帯日記を読み返しながら思ったことは、あの出来事を、あの日々を、忘れないように記録していこうということ。
そして、これからの日々もずっと記録し続けていこうということ。

それによって、なにかが見えてくるかもしれないから。

「前へ向かって進もう!」
という世間の状態に比べて、なんてあやふやで頼りない・・・とは思うけど。
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2012.03.11 Top↑
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