上野から日比谷線に乗り、約数分。
三ノ輪駅に到着。

これから、今回東京散策の二つ目の目的である、元 新吉原へ向かう。

なぜ吉原なのか?

その経緯はごく簡単に『東京散策記 其の六』でも話したけども、時代小説の影響から江戸風俗というものに興味が出てきてさ。
特に廓という特殊な場所は、どんな所だったのか? その片鱗だけでも見てみたいと思って。
しかも、その当時の吉原の道、町割り、構造といったものがそっくりそのまま残っていると知ってさ。
実際に自分の目で確かめてみたくなってねぇ。


元吉原っていうと、今の千束4丁目辺りのことを指すんだけど、もともとの場所は今の人形町駅周辺にあったらしいんだけど、その後大火事が起きて全焼したみたいで。
それで、今の千束に移ってきたらしい。

だから、人形町駅周辺を「元吉原」と言って、千束辺りのことを「新吉原」というらしいよ。
(↑これ、全て小説から得た知識です、はい。)

これから向かうのは、その「新吉原」の方ね。



三ノ輪駅に到着したCさんと私。
まずは、駅近くにある浄閑寺というお寺さんへ向かう。

浄閑寺・・・・・・
別名「投込寺」とも言われる。
というのも、遊女が亡くなると、その亡骸は浄閑寺へ運ばれていたらしいので。
病気で亡くなった者や、心中などで亡くなった者。
その他、震災で亡くなった者など。
安政の大地震と言われる大地震が明治時代になる少し前にあったんだけど(1855年)その時に多くの遊女が亡くなり、その時ここに投げ込み同然で葬られたので「投込寺」と呼ばれるようになった・・・らしいです。
(↑これも、小説から得た知識です、はい。)

駅から数分歩いた場所にあるはずなんだけど、駅からの道が三路、四路と分かれていてどの道へ進めばいいのかよく分からなくなった。
ちゃんと下調べしたつもりなのに。

アナログな私が地図をガサゴソ取り出して眉間にシワを寄せている隣りで、デジタルなCさんはスマホで指先を動かしながら現在位置を調べていく。

「こっちの方みたいだね(^▽^ ))))」
「あ! そ、そうなんだ?(; ̄▽ ̄)」

と、あっさり解決。


そういえば友達の○○さんがね、スマホで現在位置をちゃんと表示してるのに、『よく分かんない』とか言っててさ。
ちゃんとその場所が表示されてあるのになんで分かんないの?とか思ってさぁ。


・・・・・・・・・・・と、お寺に向かう道すがらCさんが話していたのだが。

私、その話を聞きながら
(笑えねぇ。。。私も同じことやらかしそうだ(・Θ・;))
と、内心ドキドキしてました。

当初はね、このお寺の境内へは入らず、門の外からそっと眺めるだけにしようかなー?
とか思ってたのね。
それをCさんに話したら、
「え?中に入ってもいいんじゃないの?」
と言いながらずんずん中へ入っていくので、それもそうだなと思い、あっさり中へ入る。

うーん.....
私、考えすぎなのかしら( ̄^ ̄;)


さてさて・・・・・・・・
早速、山門から一歩中へ。

お寺さんていうものはどこもそうなんだけど、何か厳粛な気持ちになるな。
なる・・・というか、させられるというか。

そろそろ秋の彼岸が近いということもあってか、右手を見ると境内には東屋ならぬテントのような、休憩所のようなものがありまして、そこに男性が一人。
なにか・・・受け付けのような感じにも見えたけど。
そして、そのすぐ近くにあった建物の中にも男性が一人。

そして、左手にはお墓がズラリ。


これ、私だけかもしれないんだけどさ、自分の実家のお墓があるお寺さんとか、ダンナの実家のお墓があるお寺さんとか、行き慣れてるお寺だとそうでもないんだけど、全く知らない他所のお寺に行くとさ、そこではよそ者なワケだから。
なーんか人んちにおジャマしているような、ちゃんと大人しくしてなきゃ・・・とかさ。
そんな気持ちになるのよね。

浄閑寺の境内に足を踏み入れた時もまた同じ気持ちで。

お・・・おジャマしまーす( ̄- ̄;))))))))))))))))))

みたいな感じで入っていってさ。



墓地の前に、「浄閑寺史蹟」と書かれた立て札があったので読んでみる。

「新吉原総霊塔」とか「ひまわり地蔵尊」と書かれた中に、「文豪永井荷風文学碑」と書かれた文字を見付ける。

あー、そういえば永井荷風が吉原という地に惹かれて訪ねたことがあるとかなんとか・・・
そういう話を聞いたことがあるな ( ̄  ̄)フムフム..........

そして、新吉原総霊塔。
屋根が付いていて、その屋根の上に錫杖のようなものを持った菩薩の姿がが鎮座しており、その屋根の下にも菩薩立像(また別の菩薩さまか???)があって・・・というものだった。

あ、因みに。。。。
お寺の中で写真は一切撮ってないです。

何も撮影禁止というわけでもないと思う。
断りを入れれば許可してくれたのかもしれないんだけどね、なんかそこまでして・・・っていうのもあったし。

それに、カメラのような機械的なものをこういう神聖な場で取り出すのもねー。
なーんかためらわれて・・・。

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墓地は人が一人もいないということもあって シン..... としてた。
まさしく、 シン..... という言葉がピッタリという、そんな雰囲気だった。
その日も暑いはずなのに、墓地からそちら側だけは空気が冷んやりしているような・・・・。


ま、実際墓地の中に入ってないから分かんないんだけど、そんな空気を感じたような気がする。



山門を出ると、門の外、右手にお地蔵さんがあった。
相当古いお地蔵さんらしく、目鼻がほとんど無く、平たいお顔になっていた。

Cさんと二人、そのお地蔵さんをしばらく眺めた後、浄閑寺を後にした。



さあて、次はいよいよ新吉原へ。。。。。
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2012.10.07 Top↑
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