浄閑寺を後にし、日本堤・・・今は土手通と呼ばれている道を真っ直ぐ南へ進む。

ここでもまた道があちらこちらに分かれており、どこへ進めばいいのか分からなくなる。
そこで、下調べして覚えていたはずの道を頭の中に描き

こっちだ!\( ̄▽ ̄*)

と、道を進もうとするも、またまたスマホで調べていたCさんに
「いや、こっちだよ(((((((^▽^)/」
と、あっさり否定され、あっさりとそちらへ変更。

この日本堤を歩いて行く途中、真正面にスカイツリーが見えた。


あ、そうだ!方角的にこっちの方に見えるんだったな。
と、思いつつ、あとで写真を撮ろうと思っててそのまま忘れちゃったのよね( ̄▽ ̄*)>
(でも、後から別の場所で撮影したんだけどね。)

吉原へ向かう途中、「大門近くには昔から続く馬肉を食べさせてくれるお店があるんだよ」とか、「エノキう○こ」の話などしながらテクテク歩いていく。

やがて、角に一見のガソリンスタンドが見えてきた。
それが吉原大門(よしわらおおもん)入口への目印だった。

8531.JPG
このガソリンスタンドのすぐ目の前に大きな柳の木がある。
見返り柳と言うそうだ。
その昔、吉原を出た客が名残惜しそうに何度も廓の方を振り返ったことからこの名がついたらしい。
でも、もともとこの柳はこの大門近くではなく、別の場所にあったんだって。

で、その下には・・・
8530.JPG
「見返り柳」と彫られた石碑があった。

この柳と石碑の写真を撮ってる最中に思ったんだけどさ、
「ここのガソリンスタンドの店員さんたちは、こんなふうに柳の写真とか撮ったりしてる人を見て、(あー、観光客か何かだな・・・)とか思ってんだろうな、きっと。」
なーんてことを考えてた。

まあ、こっちのことを見てたかどうかは分からないけど。

で、いよいよ入るわけだけど、まだそこは大門ではない。
そこから衣紋坂(・・・と言っても、今はもう坂はありませんが)、そして「五十間道」と呼ばれるS字型の道を歩いて行く。

このS字カーブにもちゃんと意味があってさ。

日本堤ではその昔、大名行列も通ったりしてさ。
その大名行列も通る道から、真正面に廓の世界が丸見えってのはちょっと・・・・
というわけで、敢えて道にカーブをつけて見えにくくした、というものらしい。
別に大名行列が通らなくても、普段から日本堤を通る度にそれが丸見えってのも如何なものか? ということもあったみたいよ。

して、そのS字道を行きついた所に・・・・・・・

8533.JPG

吉原はキホン、この大門以外の出入り口はなく、後は「おはぐろどぶ」と呼ばれる用水路がグルリと取り囲まれていたそうで。
この苦界(廓)から逃げ出そうとする遊女を監視するために、五十間道から向かって右、大門のすぐ内側には監視場があったらしい。

んで現在、その場所はどうなっているのかというと・・・。

警察署になってました。

監視場だったところに警察署。
ウーム、意味深。
それとも考えすぎ?


さて、いよいよ中へ・・・。

現在、この辺りはソープランド街になっている。
古いビルが目立ってたけど、なんでも、ここら辺に新しいビルを建てちゃダメとかいう決まりになってるんだとか。
ふーん。。。

二人して仲之町通と呼ばれる道を真っ直ぐ歩いていく。

途中、喫茶店がいくつも目に付く・・・でもそれは通常の喫茶店とは異なり、どの店も窓に何か貼ってあり、外から中の様子は見ることはできない。
仕舞っているのかと思いきや、ちゃんと営業はしている様子だった。

いわゆるそこは、昔で言う引手茶屋のような役割をしているらしい。
(↑この喫茶店の存在は出発前に下調べしをしている際、偶然にとあるサイトを見付けて知りました)


引手茶屋っていうのはさ、まず客が来た時にここでちょっとした食事とお酒を楽しんで、それから遊女の中でも最上である花魁をそこに呼んで、それから妓楼へ向かうというそういう場所らしいよ。
いわゆる今で言う仲介屋ってことなのかねぇ?

仲之町通をどんどん歩いていく。
と、そのうちに、蝶ネクタイなどをしたボーイさんらしき男の人たちが、それぞれのお店の前で立っている姿が目についた。
それぞれ隣りのお店のボーイさんと談笑なんてしながら。


時間はまだお昼ちょっと過ぎ。
え? もうこんな時間から? 
ソープって、こんな時間からもう営業してるもんなの?

そんな、普段過ごしている日常とは全く違う雰囲気の中を、女二人が歩いていく。

「この通りを素人の女が歩くことなんて、まず滅多にないのかもしれないよね(  ̄▽ ̄)。
  ウチらがこうして歩いてたら、え?なんで? って思われてるのかもしれないね」
と、私が言うと、Cさんが
「でもだからと言って、お店の女(ひと)だと思われてもヤだよね(^▽^ゞ」
と、言ってた。

ハハハ........ 確かに。



今の吉原の町並みは先ほども言ったように古いビルが多く、そのためか看板やお店の雰囲気などがどこかしら昭和の萎びた飲み屋町などを連想させる。
それはそれで、決して嫌いな雰囲気ではなかった。

まだまだ真っ直ぐ道を進む。

やがて右手に病院が見え、その先に吉原神社が見えてきた。
赤地に白い字で「弁財天」と書かれたノボリがたくさんあり、なんとも賑やかで明るい感じ。

でも、行ってみたい神社がほかにあってね。その近くにあるんだけど。
その吉原神社も興味はあったけど、今回はスルーした。

その先の道をもっと進むと、今度はひっそりと佇むようにあった吉原弁財天。

そこは、関東大震災で亡くなった遊女たちが祀られている場所。

見上げるように築かれた岩場のてっぺんには観音像が立っている。
前にはきれいな花が手向けられていた。

涼しい。

観音像のさらに上を仰ぎ見ると、そこに植えられている木の幹や枝に、たくさんの風鈴がかけられていた。
風が吹く度に、チリン、チリンと涼やかな音を靡かせている。

やがてそこに、エプロンをしてバケツを持った一人の女の人がやってきて、観音像の前の小さな祠(ほこら)などを掃除し始めた。

Cさんと私、その敷地内でそれぞれ思い思いの場所を見て回った。

少し奥へ行くと今度はそんなに大きくない赤い祠があった。神社の祠にしてはとても華やかで可愛らしい。
よく見ると、地面にはビー玉が丁寧に横一列に並んで埋めてある。
祠の中をよく見ると、小さな弁財天像が祀られてある。
祠の前で 気持ち、一礼。
ちゃんとした一礼ではなかったけど。

そして、一礼した後でクルリと後ろを振り向くと、祠の向かい側に小さな池があった。
その池と隣りの敷地とを隔て、目隠しするように簾(すだれ)が立てかけてあった。
(うろ覚えだけど、確か簾があったような気がするが。。。記憶違いかもしれません。)
そして池の周りに築山している岩場に、不動明王のような恐い顔をして鎮座している小さな仏像があった。

池の水面(みなも)をなんとなく眺める。
火照った身体に涼風が静かに絶え間なく吹いてくる。
それに釣られて、木々に吊るされたたくさんの風鈴も一斉に涼やかな音色を響かせる。
目に映るのは、午後の光を反射した池の水と、日の光を遮る木立の陰。



と・・・・・・ふと、周りが静かになった。

?( ̄. ̄ )

風鈴の音が止んでいる。ジワッとした暑さが甦ってくる。

あぁ、そっか。風が止んだんだな。

..........................................静寂..........................................

神社のすぐ目の前は道路で、さっきまで車がひっきりなしに走っていたのに、その時に限って一台も走っていない。
蝉の鳴き声さえピタッと止んでいる。

なぜだかそういう状況に少し戸惑って、少しボーッとした頭のままで、池の水面とさっきの鎮座している仏像を見た。
なーんか分からんけど、誰かに見られているような、不思議な感じ。

その時の私。
たぶんちょっとうろたえたような顔をしていたと思う。
だって、さっきまであんなに周りが騒がしかったのに、突然一斉にそれらの音がピタッ!と止んで、自分の息遣いが聞こえるくらいの静寂がやってきたもんで。

それは、まさしく時が止まったようだった。


実際の時間にすれば、ほんの数秒の出来事だったと思う。

そのうちにまた風が吹き出して、風鈴の音も聞こえ出し、蝉の鳴き声も聞こえてきて、
全部元通り。

なんとなくホッとしたような、ちょっぴり残念なような気持ちのままで、
そういやCさんはどこにいるのかな?
と思い出し、さっきの小さな祠の辺りに首を向けてみると、Cさんも首を後ろに向けて何やら小さな祠の辺りを見ていた。

でさ、そん時のCさんの目がさ。
その時何を見ていたのか分かんないだけど、とっても興味深そうに目をキョロッとさせててさ。
なーんか子供みたい(´▽`*)
って思って、クスッ!って笑っちゃったよ。


でも一人で笑ってると変な人だと思われるから、すぐ真顔に戻ったけど。


吉原弁財天は、面積にすればとてもとても小さなところだった。
見て回るだけなら、ほんの数分で終わってしまうような小さな場所だった。
でも、数分どころか結構長いことその場所にいたような気がする。

その後、神社内をグルリと一回りしながら、遊女のお墓や、水子供養のお地蔵さま、それから追悼碑などを見て神社を後にした。

神社を出る時、
「さっき、風が止んで風鈴の音が止まってさ。」
と、私が言ったら、Cさんはフッと笑ってた。

私としては、先ほどのなんともいえないあの数秒間を伝えたくて話したつもりだったんだけど、実際言葉にしてみたら
あ................すげぇつまんねぇこと言っちゃった(; ̄▽ ̄)
って、思った。


でも、この神社を見た感想とか何か・・・話したかったんだよね、本当は。
「すごかったね」とか、「祠がきれいだったね」とか。

でも、そのどれもが違うような気がしてさ。

それでも懲りずに何か話したかったので、蚊に刺された足をボリボリ掻きながら
「吉原で蚊に刺されちゃったっ!( ̄▽ ̄;)」
と言ったら、またCさんフッと笑ってた。


あー.............またまたつまらんこと言っちゃった(((; ̄▽ ̄)


何かを話したいんだけど、なにも言葉が見つからず。
CさんはCさんで、神社を見る前まではあんなにお喋りしてたのに、何かに圧倒されたのか、心が落ち着いていたのか、一言も喋らず。

フフッ ま、いっか(^-^*)


そのまましばらく二人とも無言のまま、浅草寺の方へ足を運んでいたのでした。



≪吉原弁財天≫
ここは大小の池が点在する湿地帯だったが、新吉原を造成する際、一部の池が残され、いつしか弁天祠が祀られるようになる。
大正12年の関東大震災で起こった大火で逃げ場を失った遊女たちがこの池に逃れ、490人が溺死した。
その多くは東北の貧しい農家から身売りされてきた少女たちだった。
大正15年、その場所に築山を建て、その上に亡くなった遊女の供養にと吉原観音像が建立された。
スポンサーサイト
2012.10.08 Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://fairground.blog78.fc2.com/tb.php/1465-398cc5f1