あれから毎日、眼科から処方された目薬2本を一日4回点眼しているさかごろうです。

お陰さまで、充血もだいぶ薄らいできてます。
ま、それでも仕事の後とかね。目を酷使した後、鏡で自分の目ん玉覗いてみるとそれなりに赤くはなってるんだけども。



国民的お昼の番組『笑っていいとも』が、とうとう終わってしまいますね。
なんかもう、日常生活の中に溶け込んで当たり前のようにいつでもそこにあった・・・・・っていうような番組なんでね。
明日で最後、というのがいまいち実感湧かないのよねぇ。

では今回は、ワタクシさかごろうの記憶の中に残っている、『笑っていいとも』の思い出話などをいくつか。。。。。


初めていいともを見たのは確か1982年の秋頃。
その当時、私は小学校6年生。

いいとも、ってお昼の番組だからね。学校行ってる間は当然見られないからさ。

たぶん祝日か何かで学校がお休みだったある日。
新聞のテレビ欄を見たらね、『笑っていいとも!』っていうタイトルの番組が書いてあったのを見付けてさ。

「笑っていいとも?!(・o・*)」

そのタイトルに、ちょっとびっくりした。



ちょっと話は遡って、そこから数か月前だったか一年前だったか。

確かその日も学校が休みだったんだと思う。
お昼にテレビを見ようと思って新聞覗いたら、見慣れない番組名『笑ってる場合ですよ』っていうのがあったのね。

その当時は漫才ブームでさ。その頃人気があった漫才師たちがたくさん出てた番組なんだけど。
でも、私はB&Bとツービートぐらいしか覚えてないなぁ
どういうことをやってたかもまっったく覚えてない

でもまぁ面白いと思ったのか、学校がお休みの日のお昼は、だいたいその番組を見てたのね。
必ず・・・ってほどではなかったんだけどw

で、しばらく見られない時期があり。。。そして、学校がお休みだったある日。

話はさっきの1982年の秋頃に戻る。

「笑っていいとも?!(・o・*)」

その日も『笑ってる場合ですよ』を見るつもりでいたのに、それが無くなっていつの間にか『笑っていいとも』なんていう番組名に変わってたからさ。
さっき“びっくりした”って言ったのはそういうことなのよね。

しかも、司会がタモリ。

今でこそ、面白くて掴みどころがなくて、そしてさりげなく博学の一面もある国民的お昼の顔・・・のタモさんだけど。
その当時は、、、少なくともその当時の私から見たタモさんのイメージっていうのは。

海賊みたいな黒い眼帯をしている人
いつもイグアナの真似をしている人
時々でたらめの中国語を話す人
お笑いの人なのかと思いきや、どうもそうでもないらしい人
いまいち正体の掴めない、謎多き人


・・・・・・こんな感じ。

海賊みたいな黒い眼帯っていうのはさ、今でこそタモさんていつもサングラスかけてるけど。
前はね、サングラスだけじゃなくて、黒い眼帯姿でもよくテレビに出てたから。
私には黒い眼帯姿の方が印象強かった。

だからね
こういう真昼間の番組、ましてやその司会(・・・というか、番組の中心人物)なんて。
このタモリっていう人のイメージになんとなくそぐわない感じがしてね。

だからタモさんがオープニングで登場して、その後のコーナーでも中心になっていろいろやってる姿を見ながらね、ちょっと違和感があったし、意外な感じがしたなぁ、当初は。

(へぇー。。。)
なんて思いながら見てた。


さてさて。。。。。。。

そんな違和感を感じながらも見始めたいいともだったけど、これが予想以上に面白くて。
学校が休みのお昼は必ず見てた。

これまで番組の中でいろーんなコーナーがあったけど、特にどのコーナーが印象に残ってるっていうのは、うーん・・・・特にないかなぁf(^^;)

いやでもね、今じゃ看板コーナーであるテレフォンショッキングは好きだったよ。毎回楽しみにしててさ。
以前は、その日のゲストの友人、または知り合いの人を紹介して、アポも何もなく突然本人に電話するって形だったから。
ほとんどの人「いいとも!」って答えてたけど、当然、中にはスケジュールの都合で出られない人なんかもいたりして。
そういうハプニングとかさ、見ているこっち側としては結構面白かったな。

あーーーー、あとね いいとも青年隊www

一番覚えてるのは一代目のいいとも青年隊だな。
3人の中で一番年上の、あっちゃん 久保田篤
3人の中では二枚目担当の、けんじ 羽賀研二
3人の中で一番年下の、まこと 野々村誠

野々村誠は当時から頼りなげでwww なんかね ボクちゃん... ってイメージがあった。
年上の女の人からモテそうな感じだったな。母性本能をくすぐられるというか。

羽賀研二はねぇwww
将来、こんなことになるとは、当時だれも予想できなかったよね(苦笑)

久保田篤、あっちゃんが一番好きだったな(笑) なんか三枚目って感じで。
(昔から二枚目より三枚目が好きだったのね、ワタシ......)
3人の中では一番年上ってことで、いつもおじさん扱いされてたな。タモさんからもwww
あっちゃん、その当時まだ25歳だったんだけど。

その後の二代目、三代目のいいとも青年隊はあんまりよく覚えてないな。
時には、いいとも少女隊 っていうのもいたよね。

その中の一人が、きりこだったっていうのはずいぶんと後になってから分かったことだったけど。

あとはー・・・
工藤兄弟ってのもいたよね。
あと・・・あさりど!
あと、外人もいなかったけ?

記憶を掘り起こすと、結構出てくるなぁ(^^ゞ



あと、番組で印象に残ってるのは。。。

昔、たこ八郎っていう人がいたじゃない?
芸人で、以前はプロボクサーだった。タモさんとも仲が良くてさ。
ある夏の日のいいともの放送中に、そのたこ八郎が亡くなったっていう訃報が入ってさ。

それを聞いたタモさんも驚いて

「え? たこちゃん亡くなった?!」

って叫んで、出演者や客席も一時騒然となってさ。


あの場面はいまでも忘れられないなぁ。



なんか・・・
番組の内容とはあまり関係のないことばかり長々と話しちゃったけど。

こんなふうに、いいともにまつわるいろんなエピソードをここに並べてから
(とうとう明日で終わるのかぁ)
って思ったら、急に感慨深くなってきたな(´-`*)

“いまいち正体の掴めない、謎多き人”
というタモさんのイメージは、32年経ってもいまだ変わらないけど。

それでも、以前のようにわけが分からなくて近寄りがたい・・・ってイメージはすっかり無くなった。
相変わらず掴みどころのない人だけど、今じゃ親近感があるなぁwww
また、あの臨機応変に対応できる知力体力は年齢的に考えてすごいと思う。


明日、最後の笑っていいともは、録画します!
それから、その夜の8時から放送する「グランドフィナーレ!!」も。



タモリさん 32年間お疲れさまでした。
そして、今までたくさん楽しませてくれてありがとうございます。

いいともは終わってしまうけど、タモさんのあの飄々とした姿はまたテレビでお見かけできると思いますので。

また、その時を楽しみにしてますヽ(^。^)
スポンサーサイト
2014.03.30 Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://fairground.blog78.fc2.com/tb.php/1618-16328cbe