昨日、山下達郎さんのラジオを車の中で聴いていた時、ダンナが
「・・・・・・・あ! そうか。もう新春放談はないんだな。山達と大滝詠一の。」
と、言ってたので、
「もう先週(4日)やっちゃったんじゃないの?」
と、私が言うと、
「去年だったよな( ̄- ̄ )........」
「え? なにが?( ^-^)」
「大滝詠一が亡くなったのって( ̄- ̄ )」
「あ!(・。・;) そっか! そういうことか。そういえば亡くなったんだったね。」

しばらくして、
「新春放談て聞くとさ、時事放談思い出さない?( ^▽^)」
と、私が聞くと、
「細川隆元な( ̄- ̄ )」
「そうそ! 隆元さん。・・・・・私さ、子供の頃、お爺ちゃんたちが二人で話をしているから、ジジイの放談で、ジジ放談だと思ってた(*^▽^)」
「あ! オレも!( ̄▽ ̄ )」

(さかごろう、アイフォンで細川隆元さんのウィキを見る)
「隆元さんて、1900年生まれなんだって! ってことは、ギリで19世紀生まれってことだよね? そう考えるとすごいねぇ」
「( ̄- ̄ )19世紀か。今から2世紀前ってことか。」

そして、しばらく隆元さんの話が続いた。
ラジオからは山達さんののラジオが流れたまま。



私の実家に新年の挨拶に出かけようとしていた朝、ふいに兄貴から
「一足お先に実家で待ってるから」
というメールが届いた。

え? 今日は会う予定じゃなかったのに。
それに、そっちは昨日(元旦)実家に行ったんでしょ?・・・・・・ま、何回行ったっていいけどさ。

例によって無理やりウチらに会うべく、敢えて先回りして実家に行ってたらしい。


いつもそうなんだけど。
兄夫婦と会う日の前後はさ、ワタシ情緒不安定状態になって、ついつい過去にあったイヤな出来事を思い出してウツウツして、怒って、イライライしてしまうのよね。
3年前に起こった、兄夫婦とのある出来事が原因なんだけど、もっと言えば、義理姉が兄貴と結婚した20年以上前からもうすでに始まってたのよね、原因になるものは。

こんなことでウツウツしてるのは時間の無駄! もったいないからヤメヤメ!

とは思ってるんだけど。

例えば会社で仕事してる時とか、家事をしている時とか。
何かをやっている間は目の前の仕事に集中してるからなんてことないんだけど。
会社にいる時なんて、忙しくしてる最中でもみんなとバカ話したりして思いっきり笑ってたりするんだけど。

どうも、ね。

特にお風呂入ってる時が一番ひどい。
頭の中でグルグル考えて。
最終的には自分の中で解決してまあまあスッキリした気持ちで収まるんだけど。

こんな状態が、二日の日からずっと続いてて、ようやく今日辺りから精神的に落ち着きはじめた。

いやぁ、なんか。
ウツウツするにしても、なーんでこんなに何日も引っ張ってしまうのか、自分でも呆れる。
ダンナも呆れてるww

ま、時々はこんなふうに思い悩んで苦しむことでもなければ人生面白くないし、楽しい時間を過ごしている時の「楽しさ」の感覚が倍増しないしねぇ。

前回の日記で「毎日を楽しむぞ!」と書いたけど、あれはウソではないし、カラ元気から出た言葉ではないし。
変なハナシ、私は気持ちが落ち込んでいる時も、心の(それとも頭の?)どこかで、その落ち込んでいる状態を面白がっている自分がいてさ。
もちろん、その時は落ち込んでいるんだから楽しい気持ちになんてなれないんだけど。

私がいつも思っている、「楽しく面白く生きる」というのは、言葉どおりの楽しいだけ、面白いことだけ、ということではなくてさ。
どうしようもなく悲しいことや、自分が抑えられないくらいの怒りに苛まれることがあったり。
そんな人生のアップダウンがあるからこそ、「楽しくて面白い」んだと思うのよね。

ここ数年で、そんなふうに考えるようになった。


で、話は急に飛ぶんだけどww

今回みたいに、自分が抑えられないくらいの怒りに苛まれることがあったりした時。
いつも宮沢賢治の『春と修羅』の一節が、フワリと頭に浮かぶんだよね。

あれ、長いからさ(笑)
もちろん全部は覚えてないんだけど。

いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ


・・・・・・・・・・・っていうこの一節だけが、ソラで言えるほどなぜか覚えててさ。

なんだか、この一節に書いてある気持ちがよく分かる・・・と言ったらおこがましいような気もするけれど。

文字通り、怒りに震えるぐらい怒っている時、口のなかで、実際に感覚として湧きあがる苦い味。
表面に向けて爆発するような、真っ赤な怒りではなく、内面でフツフツと起こる青い怒り。
自分が正しいと思い、たとえそれが本当に正しいことだとしても、あまりそれに固執しすぎると怒りに我を忘れて大切なものを見失うことになる。

この『春と修羅』が書いてある本て、持ってないからさ。
買おうかなぁ、、、っていつも迷って本屋まで行くんだけど、結局買わない。
買ったらそれで満足して、本をそのままそこらへんに放ったままにしてしまうような気がするからw

読みたくなったら、ネットで検索すればいつでも読めるしね。

私さ、前にここでも春と修羅の一節を書いてたような気がして、このブログ内を検索してみたら、やっぱり書いてたよ。8年前に→「2007年7月9日の日記」

この時怒っていたのは兄夫婦のことではなく、別のことだったんだけど。
今読んでも、まだ懐かしいという気持ちにはなれない。
けど、これを書いていたことを今までずっと忘れていたからさ、この8年前の日記を読み返してみたら、一瞬でこの時の気持ちに戻った。

この時の気持ちに戻ったとは言っても、当然怒りは治まっている。
怒りを向けていた相手も、今ではどこにいるのやら。
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2015.01.12 Top↑
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