昔、新聞のコラムでこんな話を読んだことがある。


とある旅人が、民話採訪のために東北の町や村などを旅していた時のこと。
とある一軒の農家の縁側で、数人のおばあちゃんたちが茶っこ飲み(お茶のみ)をしていた。
賑やかな笑い声が響くその中で、一人だけ何にも喋らず、じっと俯いて動かないおばあちゃんが一人だけいた。
不思議に思い、近くのおばあちゃんに
「あのおばあちゃん、どうなさったんですか?」
と、訪ねたところ
「あぁ。あの人は若ぇ頃に辛ぇことがあっだがら、石みだぐなってしまったんだぃ。」
と、なんとも朗らかな口調で言い、それを聞いていたほかのおばあちゃんたちもドッと笑った。
そんな笑い声の中、やっぱりその「石みだぐなった」おばあちゃんは、じっと動かない。

その旅人は、その俯いたままのおばあちゃんと、朗らかに笑うおばあちゃんたちの間で、一人複雑な笑みを浮かべるしかなかった。



これを書いたのは、「ちいさいモモちゃん」などの作品を世に出した、児童文学作家の松谷みよこさん。
もちろん、旅人というのも松谷さんのこと。



そして、その数年後。
黒澤明監督作品で『八月の狂詩曲』という映画を観た。
物語の内容は、
長崎県の山間の村に一人住む老婆のもとに、4人の孫たちが夏休みを利用してやってきた。
最初は田舎暮らしに退屈してばかりの孫たちだったが、長崎に残る戦争の傷跡や、祖母が語る昔話を聞いて、次第に戦争に対する理解を深めていく........
というもの。

その中で、この祖母のもとへ近所に住む老婆が訪ねてくるというシーンがあるのだが。

このシーン。セリフがひとつもない。
ただ、二人の老婆が向かい合って、ちょっと俯き気味に首をうなだれ、じっと黙ってしまう。
そのままずっと沈黙。聴こえるのはセミの大合唱ばかり。
そして結局一言も言葉を発することなく、近所の老婆は家へ帰っていく。
それを見て驚いた孫たちだったが、近所のおじさんが言うには、
あのばあちゃんたちは、いつもああなんだ、と。
若い頃、戦争で辛い思いをたくさんしたから、二人ともああして黙ってしまうんだ、と。


映画館でこのシーンを観ていた時、ふいにあの新聞のコラム記事を思い出した。



人は、あんまり辛いことがあると、言葉をなくすものなのか?
新聞のコラムを読んだ時。そして、この映画を観た時。私にはそれがよく分からなかった。
今だって分かるとは言えないけど、でもあの頃よりかは、ちょびっとだけ分かるような気がする。


この映画のラストシーンでは、雷が激しく光る豪雨の中を「ピカがきた!」と叫びながら走る祖母と、それを追いかける孫たちの姿が映し出される。
別に悲しい場面でもないのに、それを観ながらなぜだか涙が止まらなかったことを思い出す。

あの時、涙まで流した、あの込み上げるような想いはなんだったんだろう?

それだけはいまだに分からない。

『八月の狂詩曲』(1991年作品)
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2010.07.03 Top↑
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